外国籍の配偶者と離婚するとき、いちばん不安が大きいのが「相手が母国に帰ってしまったら、養育費はどうなるのか」という点だと思います。
結論から申し上げます。養育費をいくらにするかは日本の法律で決められることが多い一方、実際に取り立てられるかどうかは、相手がどこにいるかで大きく変わります。2026年4月の法改正で回収の手段は増えましたが、その多くは相手が日本にいることを前提にした仕組みです。
この記事では、改正で何ができるようになったのか、そして相手が帰国してしまうと何が難しくなるのかを整理し、相手が日本にいるうちにやっておくべきことをお伝えします。
養育費の「決め方」は、日本の法律によることが多い
まず、どの国の法律で養育費を決めるのかという問題があります。
扶養義務の準拠法に関する法律2条1項は、扶養義務は扶養権利者の常居所地法によって定めると規定しています。養育費の場合、扶養を受ける権利を持つのはお子さまですから、お子さまが日本で生活していれば、養育費は日本の法律で決まることになります。
離婚そのものについても、法の適用に関する通則法27条ただし書が「夫婦の一方が日本に常居所を有する日本人であるときは、離婚は、日本法による」と定めています。日本に住む日本人の方が当事者であれば、離婚は日本法によります。
つまり、「決める」場面では日本の法律が使えることが多いのです。問題は次の「取り立てる」場面です。
2026年4月の改正で、回収の手段は増えました
2026年4月1日に改正民法などが施行され、養育費の回収について3つの変更がありました。
① 取り決めがない場合の法定養育費
養育費の取り決めをしないまま離婚した場合、離婚の日から子1人につき月2万円を請求できるようになりました(民法766条の3)。毎月末が支払時期で、初月と終月は日割りです。
終わるのは、①父母の協議で養育費を決めた日 ②養育費の審判が確定した日 ③子が成年(18歳)に達した日 のうち、いちばん早い日です。
⚠️ この制度が使えるのは2026年4月1日以後に離婚した場合です。2026年3月31日までに離婚した方には適用されません。また、支払う側が「支払能力を欠くために支払えない」「支払うと生活が著しく窮迫する」ことを証明した場合には、支払を拒むことができます。
② 公正証書がなくても差押えを申し立てられる場合があります
養育費の請求権に一般先取特権が認められました(民法306条3号・308条の2)。公正証書や調停調書がなくても、子1人あたり月8万円を上限として差押えを申し立てられる場合があります。
ただし、申立てには先取特権があることを裁判所に証明する書類が必要です。「たぶんそうだろう」という程度では足りず、戸籍謄本や、離婚のときからお子さまと同居していることが分かる住民票の写し(3か月以内に取得したもの)などを求められます。
③ 1回の申立てで、勤務先の調査から差押えまで
民事執行法167条の17が新設され、財産開示手続・市区町村への給与情報の照会・給与の差押えを1回の申立てで連続して行えるようになりました。
⚠️ ただし、どれも「相手が日本にいること」が前提です
ここが渉外の事案で見落とされやすい点です。
ワンストップ執行は、市区町村が持っている給与の情報を使います
この手続では、市区町村に対して相手の給与に関する情報の提供を命じます。市区町村がこの情報を持っているのは、給与の支払者が毎年提出する給与支払報告書があるからです。
つまり、相手が日本で就労していなければ、そもそも照会先に情報が存在しません。すでに帰国している相手について、この手続で勤務先を突き止めることはできません。
また、この手続の対象は給与だけです。預貯金や不動産は含まれません。
先取特権も、差し押さえる財産が日本になければ使えません
先取特権は「債務名義がなくても差押えを申し立てられる」という制度ですが、差し押さえる対象の財産が日本国内にあることが前提です。相手が財産をすべて母国に移していれば、この制度があっても実際の回収にはつながりません。
日本は、養育費の国際的な取立ての枠組みに入っていません
国境を越えた養育費の回収については、2007年にハーグ国際私法会議で「扶養料の国際的な回収等に関する条約」が作られています。締約国どうしであれば、中央当局を通じて相手国での回収を求める仕組みがあります。
しかし、日本はこの条約の締約国ではありません。そのため、締約国どうしのような簡便な回収の仕組みを使うことができません。
日本の調停調書や審判、公正証書を相手の国で使うには、その国の手続で改めて承認・執行してもらう必要があります。どのような要件が必要かは相手国の法律によりますので、一般論としてお答えすることができません。現地の弁護士に依頼することになるのが通常です。
だからこそ、相手が日本にいるうちにやっておくこと
ここまでお読みいただくと分かるとおり、相手が日本にいる間にできることと、帰国した後にできることの差はとても大きいです。離婚の話し合いをしている段階で、次のことをしておいてください。
- 公正証書を作る — 差押えの場面で、公正証書は公文書なので謄本を出せば足ります。父母の間で作った合意書(私文書)は、その書面が相手の意思で作られたことを別に証明しなければならず、実印がなければ筆跡の照合などが必要になります
- 勤務先と口座を記録しておく — 会社名、所在地、給与振込先の金融機関と支店。相手が日本にいるうちであれば確認できます
- 相手の在留資格と期限を確認する — 離婚によって在留資格に影響が出る場合、帰国が現実的な選択肢になります。いつまで日本にいるのかの見通しが立ちます
- 母国の住所と連絡先を書面に残す — 帰国後に連絡が取れなくなると、相手国での手続もできなくなります
- 養育費を一括または前倒しで受け取ることも検討する — 帰国が見込まれる場合、分割払いにこだわらない選択もあります
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⚠️ これらはあくまで一般的な留意点です。どの方法が適しているかは、相手の国籍・在留資格・資産の状況によって変わります。
すでに帰国してしまった場合
この場合でも、まず日本国内に財産が残っていないかを確認する価値があります。日本の銀行口座、勤務していた会社からの未払給与、日本国内の不動産などが残っていれば、日本の手続で差押えができる可能性があります。
日本国内に財産がない場合は、相手国での手続を検討することになります。ただし前述のとおり、必要な手続は相手国の法律によりますので、現地の弁護士に依頼することが必要になるのが通常です。費用と回収見込みを比べたうえでの判断になります。
なお、先取特権については、2026年3月31日までに取り決めた養育費であっても、2026年4月1日以後に支払期日が来る分には使えます。過去に作った公正証書をお持ちの方は、日本国内に差し押さえられる財産があるかどうか、あらためて確認してみてください。
まとめ
- 養育費を決めるルールは、お子さまが日本にいれば日本法によることが多い
- 2026年4月の改正で回収の手段は増えたが、ワンストップ執行も先取特権も、相手や財産が日本にあることが前提
- 日本は養育費の国際的な取立ての条約に入っておらず、相手国での回収は現地の手続によります
- 相手が日本にいるうちに、公正証書を作り、勤務先と口座を記録しておくことが、いちばん実効性の高い備えです
差押えの手続と費用については養育費の強制執行(差押え)費用のご案内をご覧ください。
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